Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

    ほたる籠
 



          




 今更わざわざ言うまでもなく、京都の夏は暑い。仮想敵国…もとえ、人的攻勢からの防壁を天然の要衝にも求めたその結果の決定らしかったが、内陸部だし盆地だし…という封鎖されし地形はそのまま、冬場は極寒、夏は猛暑に襲われるような土地柄でもあったってことに、

  「計画の段階で早く気づけってんだ、馬鹿野郎。」

 そもそも都なんて大掛かりなもんを建造・遷都した時点で、既に結構な勢力持ってた連中なくせして。何へどう律義なんだか、恐らくは勿体ぶっての権威づけ。朝な夕なと感謝の祈祷でもしてりゃあ別だが、そんなこと一度だってしたことなんざないくせに、風水なんてお堅いものを持ち出して、地脈のことわりなんぞをいちいち守ったりしやがって…と。それへとぶつくさ言って難癖つけるのは、
“それって、ご自分の官職の存在意義を否定なさることにはならないんだろか。”
 まだあんまり世慣れてない、幼い瀬那でも不審に思うような矛盾したこと、憎々しげに天に向かってぼやいてなさる、何とも罰当たりなこのお方こそ。今帝の御世に於いての最強の陰陽師と呼んでも過言ではなかろう、バリバリ実戦派にして出世がしら筆頭、蛭魔妖一、神祗官補佐、その人であり。
「暑いの寒いの、畏れ多くも天へまで、いちいち文句ばっかり垂れやがるのな。」
 さすがに慣れては来たが…それでもね。半ば呆れて目許を眇めた、お館様づきの黒の侍従こと、葉柱さんが言いたいことも、風通しのいい濡れ縁に居合わせたセナにはよっく判る。生来の気質とそれから、日々の学習・修養とによって、自分たちは、自然の気配も大地の気脈も、ついでにそれらの側に近しき妖しの存在も、敏感にも細かいところまで嗅ぐことが出来て。なれば尚更、敬意を払い、謙虚でいた方がいいものなのだろうにね。
“それがアレですものねぇ。”
 相手がどれほどの大きさ・強さを誇る存在かを重々判っていての、ともすれば挑発的かも知れないほどもの無礼千万さと。空気なんて見えないもののことまで知るかっていうような、全く何も知らなくての傍若無人と。果たしてどっちが罪深いやら。そんなことなど考えたこともなさそうな、正に怖いものなしのお館様へ、
「ま、文句を垂れつつも、結局元気で通せた馬力は買うがな。」
 惚れ惚れしそうな笑い方をなさった総帥様へ、こちらも威勢よく笑いつつの“おうともさ”を返したお館様であり。

  ――― そう。

 見た目は何とも麗しく、玲瓏華美にして鋭。月光から生まれし仙女か精霊かと見まごうほどに線の細い、ともすればひ弱そうにさえ見られてしまいそうな、色白痩躯のお館様。なのに、まあまあ、暑さ負けして寝込むということもないまま、もしやすると屋敷の中で一番闊達に過ごされたほど、そりゃあもうお元気なところも相変わらずで。だからこそ威勢のいい罵倒句を放てるのだったなら、それもまた重畳と…いう解釈は、何か無理があるような?
(う〜ん)
「さぁさ皆様、西瓜の冷えたの、切りましたよ。」
 どうぞ涼んで下さいませなと、賄いのおばさまが濡れ縁まで運んで来て下さった、黒塗りの大きな平盆に並んだ、真っ赤で瑞々しい果物へ、
「おう、来た来た。」
 にんまり笑う健啖家。甘いものというよりも、水分補給と涼を取るためのおやつではあれど、
「ちびも とっとと手を出さにゃ、甘いところを全部いただいちまうぞ。」
「え〜っ! そんなのズルイですぅ〜!」
 広間から望める庭先に、木目もまだまだ若々しい、新しめの大きめの盥
たらい桶を引っ張り出して。着物の裾をからげての、足元だけの水遊び。きゃっきゃとはしゃいでた小さな書生くんへ、わざとにそんな意地悪を言う大人げのなさも健在で。とはいえ、
「ほれ。急ぐのだろ?」
「あやや…。////////
 濡れた足、拭いてからじゃないと途中のお砂で泥だらけになるようと、セナくんが もたつくところ。丁度間近にいた、動き惜しみをなさらぬ蜥蜴の総帥様。軽々ひょいっと、愛らしい踵がしずくを飛ばして、宙を蹴って泳いだほどもの勢いで。その頼もしい腕へと抱え上げ、すたすた濡れ縁まで運んで差し上げれば、
「………進に祟られても知らんぞ。」
 辿り着いたる縁側で待ち受けていたお館様。金の額髪を透かした下にて、ややもすると不機嫌そうに、伏し目がちに目許を眇めて見せて。そんな意味深な言いようを、いきなりなさったりもするのだけれど。そんなものには動じませんと、余裕の笑みを唇の端っこに引っかけ、
「あやつはお前ほど悋気
りんき深こうはないのだとよ。」
 あははvv 言うようになりました、葉柱さん。ちなみに“悋気”というのは、嫉妬とか焼餅のことですので念のため。
(苦笑) 焼餅焼きだと指摘され、
「ようも言うたの。」
「何だよ、大人げなかったのはそっちだろ。」
 大人二人が大人げなくも、ごちゃごちゃ揉めてる傍らでは、すっかりと傍観者でございますという位置に回ったセナくんが、
「お館様、冷たいうちに食べないとぬるくなっちゃいますよ?」
 いただきま〜すと、とっとと手を合わせていたりして。一体何が発端でごちゃごちゃしていた彼らなのやら、きっと判っていないに違いなく。
「お館様?」
「…判ってる。」
 ふしゅんと鎮火しながらも、いつもの如く、わいわいと賑やかにしておれば、

  「何だやっぱり何ともない身ではないか。」

 不意なこととて、そんなお声が脇からかかる。唐突な声ながら、何物かと首を回さずとも相手は知れて、
「よぉ。今日はまた、仰々しい格好だな、お前。」
 間の悪さが重なって、ちょっぴり膨れていた術師殿が、相手のいで立ちへ思わず吹き出しかかったのは。こちら様たちはすっかりと寛いでの、絽(ろ)や紗といった、肌さえ透けそな薄物の単
ひとえやら、脛が半分も見えそな短袴という、軽装の極みでいるというのに、
「宮中での会談の伝達に来たのだ。正式な使者なれば、一応それなり、型を踏まねばならんのだとよ。」
 言いながら、その大きな手でもって、顎に回した烏帽子の紐から、腰回りに何本も回してあった直衣の佩
おびから、むしり取るよに、もしくはかなぐるようにと、次々に剥ぎ取ってゆく彼であり、
「はあ、すっきりした。」
 お見事な“脱皮”を果たしたその末、縁側の端に積み上げられた衣紋の山が物凄い。外からは見えぬところにまで、形式優先できちんと順を尽くして着てらした、それほどまで徹底した“正装”でお越しのこの殿御。蛭魔が言うところの“宮大工”の武蔵というお人で、
「苦労して着せた奴が見たら泣くかもな。」
 どうかすると下着に近い、一番下に着付けていた小袖と筒袴だけという恰好になった相手へくつくつ笑う蛭魔へ向けて、
「知るか。」
 と、あっさり にべもないところは何となく。こちらのお館様に、気性というのか価値感覚が似通った人でもあるような。いかにも力仕事を生業にしておりますと言わんばかり、頑強そうな体躯をしており、男臭くて豪放磊落、何とも精悍なその人は、お館様とは古くからの伝手のある人で。こうしてたまにこのお屋敷まで、供も連れずにひょっこりと訪れることがある。借り物のような衣装だったとはいえ、決して無理からの装いだった訳でもなくて。正確には宮内省内の工部関係の部署へと仕える、名代の名人、大棟梁の息子だとか。
「親父がな、こういうことへは煩いのだ。」
 隙を作れば魔に見入られる。だからこそ、形式や段取りにはちゃんと意味があるのだから、よほどのこととんでもなく無意味なものでもない限りは、まずは守るのが順番だと。言って憚らぬ御仁だそうで。
「…相変わらずに頑固そうな父っつぁんだの。」
「そのくせ、自分の仕事のやりようへは誰の意見も聞きやがらん。」
 それで均衡が取れているのだろうよ、そういうもんかねと、まずは軽口を叩き合う彼らだが。よって、こちらの彼が宮中に関わりがあるのは、親方として師事している実の父にして大棟梁が、宮中配下に属しているからであって、この…あんまり評判が芳しくはない年若き術師殿との縁故関係からの話ではないというのに、
『お前のような身分違いの、しかも若造が。このような大それた場に顔を出せるのは、本来ならばあり得ぬことなのだぞよ』
 とでも言いたげに、彼をして人としても見てはいないような素振りをする貴族や官吏も、少なくはないとかどうとか、小さなセナの耳にまで入ったことは多々あったりし。
『まあ、奴らはそもそも、額に汗して働く者は全部“下々”だと思ってるよな、大馬鹿共だからの。』
 実は凄まじいほどの凡人が、何の苦労もなく得た“官位”が何ほどのものなのか。俗に言う“民・百姓”は言うに及ばず、それはそれは深くて広い専門知識を持つその上に、特化された巧みな技の持ち主でもある工人・職人でさえも、下賎の者どもだと見下げている節があるのが、安寧の治世が続く当世の貴族らの困ったところで、
『何かあった時、一番物知らずで不器用で、自分の手じゃあ何とも処せない、機転の全く働かぬ情けない奴であればあるほど、日頃は威張りくさってる度合いも高いから始末に負えんわな。』
 そうと言い切ってくつくつと笑うお館様も、年嵩の大臣様がたからの扱いなんぞが似たようなお立場だからだろうか、時々、困っているのをわざと見ぬ振りして放っといてやりゃあいいのに…なんて、過激なことさえ仰有るほどで、
『そうは言うが。お前様とて、それでは他への被害もあろうからと、結局は手っ取り早い手当てをしてやろうが。』
『…まあな。』
 さすがは昔なじみなればこそ。ツボを押さえた言いようで、丸め込んだり いなしたり。あの高見さんや武者小路家の御曹司様と、肩を並べるのではなかろうかというほどに、このお館様を恐れもしないで対等に口を利き、やり込めてもしまえるお人だったりし。そしてそして…、

  「……………。」

 おややぁ? ちょうど先程と打って変わっての立場の交替。彼の訪問により、ちょっぴり面白くなさそうなお顔になる人が、約一名 出たりして?
(苦笑) そんな彼の沈黙も、今はついつい放っておかれたまんまにて、唐突な来訪者を中心にして、場の空気はさらさらと流れゆき、
「…ったく。お前がきちんと殿中に出仕しておれば、こんな二度手間を踏まずに済むのだぞ? 体の具合が悪いのやもしれぬと、神祗官様直々に、今日の合議の結果を運んで下さらぬかなんて頼まれてしまってな。」
 気を回したセナがパタパタ、井戸端まで駆けてって用意したのは、冷やしたお水に浸けた手ぬぐいが1本。感謝を込めた目礼と交換にて受け取って、拳になると骨ばって武骨な作りの大きな手が、額や首筋に浮いた汗をぐいぐいと拭う。自分の身の回りには無精なのか、おとがいには剃り残しの髭がちらほら散らばり、結構な男ぶりをますますと引き立てて。そんな人物が、なのに…あんな仰々しい恰好でいたのは、どうやらその宮中から来た彼だったからであるらしく、
“あ、そか。”
 もしかせずとも、今日は出仕の日だったみたい。しかも、何事か神祗官の関わる式次第やら、造成の必要なものへの話し合いの場が持たれたらしく。関係者だのに顔を出さなかった蛭魔へも、伝達しておくようにと押し付けられてのお運びなのだろう。職人気質の強い人物は、何につけても頑固一徹…かと思いきや、時として、その廉直さが強く現れると、何とも自然なこととして上級官吏からの一方的な“上意下達”に素直に平伏す傾向もあったりするので。彼自身がというよりも、親方がそんな筋違いなお達しを“はは〜っ”と聞いてしまわれたものと思われる。ということで、彼の側の事情は判ったが、
「そうは言うがの、宮中での合議・会合の何とも焦れったいかは、お前もようよう知っておろうが。」
 板張りに胡座をかいての膝へと突いたる頬杖の上。手のひらのお皿へ細い顎を乗っけ、半ばうんざり顔になりつつ、蛭魔がぼやいてしまたのも無理はなく。例年同じことを申請しているようなものであれ、いちいち時間をかけて“ああでもない、こうでもない”と書面へ手垢をつけたがり。新規の造成申請があったとて、
『ここはどういう意味合いの仕儀でおじゃるのか、説明してたも』
 なんてもっともらしく言い出したところで、どうせ聞いちゃいないし理解も出来なかろう連中が。あれこれ好き勝手につつき回したその揚げ句、それでは担当部署にて良きに計らえってことになってお開き…とあっては、
「専門家同士なら ちゃっちゃと話も通って半時もかからないことを、たりたりと一日仕事でやっつけるってんだから。顔の皮だけじゃあない、じっと座ってられる尻の皮の厚さにも、ある意味では恐れ入るがの。」
 万事が万事その調子だからの、そんな馬鹿げたところにわざわざ顔を出す気になんぞなるかいと、それこそ大威張りで言ってのけちゃう神祗官補佐様だったりし。
「相変わらず、ホンットに我慢ってもんを知らねぇ奴だの。」
 まま、それも彼の彼らしさ。ここまではお役目だからと、合議の場にて使われた書面を幾通か、術師へと差し出した大工殿であり。そんな彼の大きな手へ、引き換えるように差し出された盃には、湯冷ましかと思いきや、セナの実家からのお中元、よ〜く冷やした澄酒がなみなみとつがれており、
「………お。」
 いけるクチなのか、それは判りやすくも口元がほころんでいたりして。
(苦笑) いかにも野太い笑みと一緒に、盃の縁を唇へと含み。ぐんぐんと喉元を躍らせて一気に飲み干す様も何とも男臭い、いかにも荒けずりな清冽さが匂い立つ男衆。そういえば…此処におわす男性陣は、セナや蛭魔はともかくも、屈強精悍という同じ枠にて括られるだろう葉柱や進でさえ、どこかに行儀の良さげなところが仄見えて、彼ほど野性的な太々しさが匂う存在ではなかったりし。
“そりゃまあ、奴らは“陰体”だからの。”
 雄々しくも頼もしき存在には違いないながら、陽の下で真っ黒に灼けながら汗かいて働く存在ではないからね。時間をかけて、よくよく錬成されし肉体に、陽の匂いで勝てるはずはないというもの。そんな差異まで面白くないのか、誰かさんが不服そうなのを眸の端にてこそりと見やり、くくっと笑った蛭魔だったが………。

  「…んん?」

 ふと。そのまま書面へ眸を落としかかった蛭魔が、何を見つけたか、その視線を元へと戻すと、相手の顔へと留めたまま…何刻か固まって見せる。それからおもむろに、がっつり頑丈そうな顎へときれいな指を添え、
「…何だ?」
 いらわれているご本人から問われても聞こえぬか、そのまま頬を両手で支えるようにし、動かぬように。伏し目がちになって相手の顔を、真っ向からじぃっと見やる表情は。いつになく寡黙なままな分、何へか妙に真摯でもあり。そして、

  「…おいっ!」

 そんな彼らの醸す空気へ、どういう方向から たまりかねたものやら。御簾を跳ね飛ばしてまでして広間の側へと なだれ込んだ総帥殿だったのへも、視線さえやらない集中ぶりだった蛭魔だったが。
「…あ。」
 弁明なり説明なりが来るより前に、葉柱の方でも気づけたものが何かしら、きっちりとあったらしくって。
「見えるか?」
 まだまだ明るい庭先から差し込む陽を吸い込み、奥へゆくほど深くなる薄暗さ。そんな空間の、割と手前に座している筈の彼だのに、頼もしいまでの肩の向こうに佇むそれは。昇天だか成仏だか、宗教によっても違うのだろうが。この世にあってはならぬものの気配をまとった、小さき存在。
「子供…だな。」
「ああ。それで迷っておるのかな。」
 まだまだ自我も薄いほどもの幼子の場合、自分が亡くなった身だということに気づけないことが往々にしてある。あまりくっきりしてはいない存在、その影を見やったそのままの顔にて、しょんぼり佇む彼を連れて来た張本人さんへと向き直り、

  「お前、まさか、女を泣かして子供を堕させたとか?」
  「…自慢じゃねぇがな、この何年か忙しすぎてそんな暇はねぇよ。」

 真っ昼間っから、しかも真顔で。セナくんも居合わせてる場だってのに、何てことをはっきりくっきり断言し合ってますかい、あんたらはっ。








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  *それにつけても、アニシーの方、ムサシさんがなかなか合流しませんね。
   どうやら、3位決定戦になってやっと…みたいなノリらしいです。
   いいのか? ガンマンズ戦にも彼の見せ場はいっぱいあったのに。
   脚本さんの意図が判らない…。
   登場自体も遅くって、
   そんな余波のせいでか、コータローくんだって真っ当な登場は…
   あれれぇ? もう出てたかな?
(おいおい)
   一体彼の設定の何がまずかったのか、
   それとも、こんなに放送が続くとは思われてなかったか。
   ここまで引くだけ引いて…意味があるのかしらね、ホントに。